
ダラケ体質から抜け出すために。鮮明な意識を維持する方法
鮮明な意識を維持することについて。私は、自分のことを怠け者だと思っている。自分を律することの難しさを日々感じている。日中は正社員として働いて、家では家族のことや家事を行い、土日は家族サービスをし、めまぐるしく動いている人は本当にすごいなと思ってしまう。
鮮明な意識を維持することについて。私は、自分のことを怠け者だと思っている。自分を律することの難しさを日々感じている。日中は正社員として働いて、家では家族のことや家事を行い、土日は家族サービスをし、めまぐるしく動いている人は本当にすごいなと思ってしまう。
宇宙で一番の難題 私とは何か。 これは究極の問いであり、たとえ宇宙の果まで調べ尽くせたとしても、最も身近な”自分自身”というものはわ...
セルフイメージをどう持てているかが、結果を決める。そのことを良く示した子供の頃の出来事がある。私の両親は、褒めることを全くしない人たちだった。今でも変わらずそうなのだが、子供の時は彼らの言動にもろに影響を受けてしまう。
成功している人は、なぜ神社に行くのか、という本がある。私は、この本は実際に読んだことはない。無いけれども、この本の題名から、自分なりに答えは見出すことができる。まず、神頼みは、決して心が弱い人間がする行為ではない。
私たちの多くは奴隷体質だ。会社に縛られていないと、ちゃんとした自分を保てない。本来ならば、自分を律することができるならば、会社に自分を管理してもらわなくても、規則正しいニートだってありえるのだ。でも、だいたいはそうなっていない。
この世の多くの人が、自我を振り払おうと日々色んな形で取り組んでいる。自我の見せる妄想、幻想を、邪魔なものとして見ているからだ。私たちは、しかしながらこの世界をありのままで捉えることはできない。”自分なりの”解釈によって幻想世界を作り上げている。
尾崎世代の感情はわからないんだけれども、私自身、世の中に裏切られた感は20代後半にぶち当たることになった。その気持ちと尾崎に共感する人々の気持ちが一緒なのかはわからない。
私は野球の大ファンでありつつも、昔から素朴な疑問があったのだが、野球というスポーツはボールをバットにぶつけるだけのことであるのに、なぜにそこまで熱くなれるのか、ということだ。ボールをバットにぶつけて遠くに飛ばすこと自体に、なんら意味はない。
あなたが普段何気なく抱いている思いの蓄積が、あなたの人生を決めている。だから、どんなことを今考えているのかを、瞬間瞬間に見つめなければいけない。