あれほど大事にしてた自分なんてどこにもいなかった

自分ははたして、いるのか?

もう、紛れもない真実として、皆が自分というものがあると信じ込んでいる。

”自分”とは、人間の脳が作り出した概念である。

一つの考え方と言っていい。

宇宙を見渡して、自分というものがあるかどうか。どこにもないよね。

しかしながら、物心ついてから、自我を形成し、固めてきた人生を送ってきたから、どうにも剥げ落ちることはないのだ。

いちいち感情を自分に結びつけている

心に浮かんだ妄想や感情を、自分に結びつけるからややこしくなる。

例えば、眠いと思ったとしよう。

眠い、と言ってしまうと、もう辛い。眠たくてしょうがない。

それは自己に結びつけた表現だ。

感情によって苦しんだり、悲しんだり、影響を受けることになる。

ところが、「眠気がある」と言ったらどうだろう?

ただ眠気があるのだ。

そこに自分はいない。

眠気があるというだけで、自己に結びつけてないから、眠いから辛いとか、嫌だとか、そんなことは思わない。

なんでも自己に結びつける癖をやめるべきだ。

何の生産性もなく、運命に翻弄されるだけの人になる。

もう、子供の頃から繰り返してきた心の癖だ。

すぐに治るはずがないし、少し治っても、強力な習慣の力によってまた引き戻されてしまう。

だから集中力を持って、取り組まなければいけない。

幻想から一旦離れる作業を意識して行う

自分は当たり前のようにいるもんだと、思い込んでしまったら?

いまここにいる、という感覚に寄り添おう。

今ここの所在を実感しよう。

今に静かに佇んでいよう。

感じている時、自分は消えている。

ただ、ある、という状態だ。

自分なんていない、ということに、早く気付こう。

不毛なエネルギーの使い方はもうやめよう

考え方として、「私」がいて「あなた」がいたほうが、コミュニケーションする上で便利だから、そんな概念が作られているだけだ。

もともとはそんな感じなのに、作ってしまった自分というものに、人間はこうも振り回されて、エネルギーを使い果たして生きているんだ。

もう、幻想に振り回されるのはやめよう。

本当は、自分どころか、なにもないのだから。


自分の居場所を見つめ、現実との距離感を持とう

居場所を持つことにより距離感が生まれる

自分の居場所を持つから、客体との距離感を保てて、自分を保持することが可能となる。

ここで言う自分の居場所とは、意識としての自分の居場所である。

つまり、別の言い方をすると”いまここにある”ということだ。

もし、”いまここにある”という感覚がなければ、出来事に暴力的に振り回され続ける。

渦中にはまる。

距離感が保てないから、起こる出来事と自分が一緒になってしまう。

物事を客観視するとよく言うが、客観視できるためには、自分の居場所がないと無理だということはわかるだろう。

その場の状況の中にいるのではなく、それを上から俯瞰するような居場所だ。

出来事に反応して感情が想起される

起こる出来事に応じて、自分の感情が反応する。

その渦中にはまり込んで振り回されるのではなく、ホームポジションにしがみつこう。

それが、自己コントロールということだ。

今まで述べたことを、自然にやってのける人と、全く意識せずに感情に振り回されて生きている人がいる。

感情に振り回されて来た人、おめでとう。

そんな人は、自己コントロールの仕組みを知るチャンスを得たってことだ。

「知る」とは、わかっているということ。

つまりわかっていることが言語化でき、それを人に説明できるということだ。

わかっているということは、いつでも再現することが可能だということにもなる。

自分に目を向けさせる文化がない今の日本

欧米人と会話する機会を得ると、向こうの人の自己コントロール力に驚くことがある。

いつも明るく振る舞うこと。他人に対し、ウェルカムの気持ちを持つこと。

何でかというと、もしかしたら宗教が関係しているのではないかと考えている。

文化の前提にキリスト教があるから、自分を省みる習慣があるのではないかと思う。

日本は無宗教だ。だから、自分を見る習慣ができていない。

日記をつける人なら話は別だが、あまり多くはない。

そういったことで、今の日本人は、自己コントロール力に乏しく、状況に良くも悪くも振り回される。良い意味では、環境に適応しやすいとも言える。

欧米人と比べて、自分がないんだ。

自我としての自分ではない。この生命の中心点を自覚しているか否か、ということを言っている。

直に飛び込んでいくから、辛くなる

さあ、現実が辛い状況に思えるのなら、一刻も早く瞑想をし、自分自身を見つめよう。

別に瞑想をしなくてもいい。いつだってできる。

この、実在に目を向ける。

とりあえず、感情は横においておく。

現実に体当りしてたら、誰だって持たないよ。

この体の中心地から、距離感を持ちながら事に当たれば少しはマシになる。

そういった習慣を付けることが、メンタルヘルスにとっては、どうやら必要なことらしい。


実際に時間を取って自分を信じてみよう

自信は大切だ。

何をするにでも、自信という土台のもとに行われなければ、上滑りしていい結果が出るはずもない。

自信に根拠は必要ない

自分を信じると書いて自信である。

根拠がなくとも、自信さえ持てればいい。

何かすごい能力があるとか、学歴が高いとか、そんなものは実は必要ないんだ。

根拠のない自信と、よく言う。

本当に自信を持っている人は、皆その境地に立っている。

もともと自信のない人は、最初はとっかかりとして何か成功体験があったほうがいい。

それは大きな成功でなくてもいい。自分の中のちょっとした成功で良いのだ。

今日は早起きできた。隣の人と挨拶できた。

そんなちょっとしたことの積み重ねがいいのだ。

根拠なく自分を信じることができればはっきり言って無敵だ。

実は、信じるという行動自体に根拠はいらない。

あなたが信じたいか、信じたくないかの問題だけだ。

実際の行為によって試せ

そんなことできるわけがない、とすぐ言う人がいるが、実際にやってみないで、頭で否定しているだけだ。

行為というのは、時間をとって、労力を注ぐ必要がある。

そうでなければ、当然ながらやっていない。

目を閉じて、自分を実際に信じてみればいい。

セリフがあってもいい。

「私は私を信じている。」

「私は自分に自信を持っている。」

言葉を用いると、本当にそんな気になってくるから不思議だ。

心理学で、アファメーションって言ってるのと同じだ。

自分で作れるということは、元は何もないということ

そんなことばかりやっていると、あることに気がつく。

思わなければ、何もないのだと。

何もないキャンバスに、思いによって、好きなものを描いていけるのだと。

虚しさがやってくる人もいるかもしれない。

その境地に行くと、前提を見直し始める。

自分が快であればいいじゃないか、と。

この世界は、エネルギーで満たされていて、自分が何も思わないのだとしたら、宇宙が勝手に考えを送ってくるようになっている。

宇宙は無の状態を認めないのだ。

自分が思いたくない感情に支配されているのなら、自分で自分が好ましいと思う感情に書き換えてしまえばいいではないか。

あなたには大きな責任がある

そして、その宇宙の仕組みに気付いたその刹那、実は自分に大きな責任がのしかかっていたのだと、はたと気がつく。

感情を上書きできる方法が存在するのなら、今の自分の感情のあり方に責任が生じているのだと。

最初から自信満々で育ってきた人は良し。

そうでない人は、子供から大人になり、自分自身で考える力が備わったのなら、その自分の感情を野放しにし続けるのはやめよう。

身だしなみと一緒。感情も、整えるのだ。

それは、行為によって、可能となる。


自信のある人間や人の上に立つ人間は、必ずいい声をしている

声ほど、その人物の力量を表すものはない。

声に魅力がない者は、だいたいが自信がない未熟者であると言っていい。

大会社の社長など、得に創業者は、声が大きく、力強い。

そうでないと、社員がついてくるわけがない。

人を魅了し、引っ張っていくには、ただ良いことを言うだけではなく、どんな声でその言葉を響かせるかが大事だ。

いい声には、肚が大事

ただ、ほとんどのケースで、社長になるような人は、意識して声を作り上げているわけではない。

自然にそうなっているのである。

苦しい経験や、修羅場をくぐってきた経験から、肚が座っており、自然と肚から声が出せるようになっている。

胸式呼吸と腹式呼吸

声に魅力があるかないかは、肚から出ている声か、それとも体の上の方、胸や、頭から出ているかの違いだ。

それは呼吸にも関係してくる。腹式呼吸か、胸式呼吸かだ。

体の上の方に気が行っていると、人間というのは落ち着きが悪くなる。

どうにも軽薄になり、力強さが出ない。

安定した下半身、腹部からガツンと行かないと人間の生命力は発揮されないのだ。

肚を鍛えようにも、人生経験に乏しい人間は、ではどうすればいいのか。

私の経験からすると、これはある程度テクニック的に習得できる。

そして、見違えるように人生が変化するのでぜひやったほうがいい。

同じことを言うにでも、喋り方によって印象によって人の受け取り方が全然違うからだ。

ただ単に、声がいい、というだけで、人は力量を認めるところもあるので、色々と得をする。

先程言った、呼吸をまず修正する。

胸式呼吸から腹式呼吸に変えることをする。

それを訓練して、常にできるようにする。

胸式だと、気が上半身に行っているから、肩から顔から緊張しているし、心理面もドキドキしがちで安定しない。

腹式呼吸が出来るようになると、必然的に意識が腹部に落ちるから、肩や顔面の筋肉がほぐれ、メンタルの過緊張も取れる。

自分の体を楽器に見立てる

声というのは、ただ発すればいいというものではない。

自分の体を楽器に見立てて、どれだけ響かせるかである。

良い音色を出すためには、緩んでいないといけない。

上半身が緊張していたら、大きな声が出ないし、また良い音色も出ないのだ。

声を鍛えるのはコスパ最高

安定していい声色を出せるように、練習をしたらいい。

私はこの本を一冊買って、家でひたすら訓練した。

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1,500円で人生が変わるなら安いものだ。

誰も自分の良さをわかってくれない、と嘆く前に、見せ方に気を配るべきである。

外見は、ファッションを意識し、清潔さを心がけるのは当たり前にわかってることだが、誰も声を細工しようとはしない。

ファッションで人より差をつけようと思っても、なかなか難しい。

声は誰も取り組んでない分、すぐに結果が出るし、お得である。

また男性なら、取り組まない手はない。

なぜなら、女性は男性の良い声にめっぽう弱いからだ。


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