全力を出し切った後の結果は神のみぞ知るの精神で行こう

神に任せる アイデア

元野球選手の桑田真澄はよく、「野球の神様」という言葉を使う。

結果は野球の神様にお任せしよう

という言葉がずっと心に残っている。

野球の神様がくれたもの

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桑田真澄
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野球においては、試合で渾身の一球を投げるのだけれども、それまでにどれだけ練習を積み重ねていても、相手バッターを打ち取れるという結果が保証されるわけではない。

天才と言われた桑田ですらそうなのだ。

凡人は、結果を欲し、結果に打ちのめされる。

いや、桑田もまた、傷ついてきたのだ。

斎藤雅樹の復活登板を引き継いだ桑田が打たれて、斎藤の勝ち星を消してしまい、ベンチで動けなくなっている姿は脳裏に焼き付いている。

(こんなことを書くと、いい年だってバレちゃうけどね。笑)

結果は時に残酷であり、甘受せざるを得ない。

多くの活躍の裏には、多くの挫折もある。

沢山傷ついてきた桑田だからこそ、あの言葉がすんなりと出てくるのではないか。

結果は神のみぞ知ると思っておけばいい

この考えは、野球だけでなくて、人生全般において適用できる考え方ではないかと思う。

とことんまで落ちたことのない人間は、神を頼らない。

あまりにも理不尽に満ちて救われない状態までいかないと、常識的な物の見方考え方から抜け出せないのだ。

だから不幸や挫折は、神の愛に気づくように、神がムチを打ってくれているというのだ。

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・・・ちょっと話が逸れたが、私達もまた、結果は神様にお任せすべきなんだ。

私達だって、日々一生懸命生きている。

でも、すべてがうまく行っているわけじゃない。

いや、むしろ様々な面倒事やトラブルが舞い込んでくるかもしれない。

頑張っていても、すべてがうまくいくわけじゃない。

上手く行ったり、行かなかったり。

結果はコントロールできない。

だから、結果は神様にお任せするというスタンスでいたほうがいいんだ。

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正解不正解の世界観の中だと、期待が生まれ苦しむことになる

私達は結果を気にしてしまう。

何かを目的とする行為を行うと、成功したり失敗したりする。

私達は当然成功を期待してその行為を行ったので、何か自分に悪い点がなかったか反省してしまう。

そこに正解・不正解が生まれてしまうのだ。

もちろん自分に至らない点がある場合もあるし、改善することは良いことなんだけど、その繰り返しによって、正解を求める心の癖が根付いてしまうことが問題だ。

根本的な間違いを正すことによって、ある程度成功確率を上げることは可能だが、100%にまで上げることなんてできない。

しかし、正解・不正解の世界観を信じることで、100%成功するやり方が存在すると思い込んでしまう。

また、実際にトライした時に、頭の中では100%成功すると信じ切ってしまう。

100%打たれないボールなど存在しないのに。

そこで期待が外れることとなり、苦しみが生じてしまう。

私達は子供の頃から飼いならされてきた

子供の頃は誰しもが、正解不正解なんて目的としていなかった。

天真爛漫に、自分の気の赴くままに遊んだり走り回ったりしていたはずだ。

人間による飼いならしが行われていない状態だ。

それが、親によるしつけによって変わってしまう。

良い行いをしたら良い子、悪い行いをしたら悪い子、と教えられ、私達は良い子であろうとしてしまうようになる。

このように子供の時にはすでに、正解不正解の罠にかけられてしまっていたのだ。

正解不正解の世界観、つまりは苦しみの世界観だ。

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全力を尽くし、結果は神のみぞ知るの精神で

私達は、結果は神のみぞ知るという風に認識を改めなければいけない。

100%狙った結果を手に入れられるなんて、おこがましいのだ。

私達にできることは、準備に万全を期し、本番で全力を出し切ることだ。

事が済んだ後は、結果は神様にお任せするという心境でいるのが、この世で生きる上でベストなあり方なんだろうと思う。

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