習慣化してしまえば行動するのは意外と楽、という話

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ランニング

私は動くのが億劫に感じてしまいやすいタイプなのだが、最近「習慣化するまで続けると行動が楽になる」と言われている意味が実感できたので書いておく。

習慣化のコツ

私は体力強化のためにランニングを習慣にしている。

数ヶ月前から始めたのだが、苦もなく続いている。

コツは、最初は絶対にできるくらいの軽い負荷をかけるということ。

頑張りすぎてランニングをすること自体が嫌になってしまい、脱落するということが多かったからだ。

止めてしまうよりは、軽くてもいいから続けたほうが良いに決まっている。

だから最初は10分くらいしか走らなかったと思う。

走った結果、疲労してもいけない。

全然負担に感じない程度で抑えておく。

やがて走ること自体が習慣化されてしまえば、自分の体力の増強具合に合わせて距離をどんどん伸ばしていけばいい。

ある行為を億劫に感じる理由

そうやってランニングを習慣化することに成功したのだが、あることに気づいた。

洗濯をしたり、どこかに電話をかけなきゃいけないとか、溜まってるメールをチェックしなければいけないとか、家に積まれている書類を整理しなければいけないなどという場合には、めちゃくちゃ負担を感じるわけだ。

その負担に耐えきれず、後回しにしてしまう。

しかし、さて走りに行こうかとなった場合には、ストレスフリーで走りに行けるわけだ。

しかし、電話をかけるのと、この7月の暑い中30分ランニングするのはどっちが負荷が高い作業だろうか?

暑い中30分ランニングのほうが明らかに負荷が高いはずだ。

なぜ、逆転現象が起こるのだろうか?

人間にとって、意思決定するということはエネルギーを要するからだ。

何かタスクがあったとして、それをするべきかしないべきか、頭を悩ますこと自体が脳に負担となる。

しかし習慣となっている行動をやるのは、意思決定は必要がない。

それをやるのが当たり前だから、ただやるといった感じである。

だから、動ける自分に変えていくには、自分のためになる習慣を一つずつ増やしていけばいい。

生活の中で意思決定のプロセスを極力省いていけば、以前よりスムーズに動ける自分になっていけるだろう。

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