人生に意味なんてない。人生を少しでもマシにしていくのは自分自身

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少しでもマシ

生き続けるのも変えられない運命

人間は生かされる運命にある。

何かによって、この世に存在させられている。

仮に神と言ってみようか。

現状が辛い人にとって、生かされいることに感謝しなさい、と言われても、素直に聞くことは出来ないかもしれない。

また、私もそう無理強いするつもりもない。

私自身、神に感謝しきれているかはわからないから。

寿命が来るまでは、この世にい続けなきゃいけないことは確かであるので、じゃあどうするの?という話になる。

少しでもマシな人生に

自分の一番納得する生き方をするしか無いんじゃないかと思う。

納得できる生き方が見つからない場合も考えられる。

その場合は、一番マシな生き方をしていくしかない。

消去法でいい。絶対にやりたくないこと、嫌なことを書き出すのだ。

あれがやりたくない、これもやりたくない、そのためには何かをする必要が出てくるはずだ。

それを、自分の人生ではとりあえずやることにする。

今の時代なら、サラリーマンだけはなりたくない、とかでもいい。

サラリーマンだけは避けたいなら、別にやりたくはないが、自分で起業するしか無いと思う。

神が設定したルールの中で

神は我々に何を望んでいるか。

それは、ただ生き続けること、それだけである。

だからこうやって生かしてくださっている。

良いとか悪いとか、そういう価値観って、人間が作り出したもの。

人間の言うことに従う必要はないが、神が作ったルールには逆らえないだろう。

神とは、我々が主人公のRPGゲームを作り出したゲームソフト会社のような存在だ。

ゲーム内の登場人物は、決してスクエア・エニックスがどうのこうの、とは思わないはずだ。

見えないし、認識できない。そのゲーム内の世界観だけで認識が完結しているはずだ。

ゲームの主人公は、そのゲームの型にハマる必要がある。

だし、電源を入れられれば、本人が望んでなくても、テレビ画面に現される。

我々がこの世に存在させられているのは、それと似ている。

そんな望んでもないのに生かされている状態で、役割の我々自身が幸せでいるために、自分で責任を持ってもがかないといけない。

そこにおいては、神は何もしてくれない。

どう生きたって良いって言っているんだから。

だったら、自分なりに、マシな生き方を選択していくこと。

老後一人でいたくないと思ったら、頑張って婚活して結婚を選んだほうがいいかもしれない。

貧乏暮しはいやだと思うんなら、休みの日も副業して稼いだほうが良いかもしれない。

幸福の形は人それぞれであり、自分を満足させるためには、自分しかいない。

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