過去に生きるのは隠居した老人のようなものだ【今を見つめろ】

過去に生きる 幻想

脳は楽をしたがるようにできている

過去の思い出の中で生きるのは、脳が楽をしているためだ。

人間は脳が働いていない時は、過去の記憶の映像を見させられている。

だから私は、寝ている間に見る夢に意味はないと言う。

あれはただの記憶の断片を組み合わせているだけだから。

起きている間に見る妄想も、夢と同じようなものだ。

人間の脳は、今現在に居続けることが難しいようになってしまっている。

なぜなら、脳の活動には大量のエネルギーが必要なので、常に省エネモードになっているから。

食料がいつ手に入るかわからなかった狩猟時代の名残なんだ。

隙を見ては、自動でスイッチをこまめに切るようになっている。

スイッチを切っている間は、現在の環境把握をやめて、今までに記憶して溜め込んできた情報から作った映像を眺めている状態。

脳は、感情と結びつけて記憶することが多いので、その映像には自分の感情も混ざりこみ、自分独自の解釈の中でのワールドが形成される。

過去の栄光にしがみつく人というのがいる。

過去の自慢話をするおじさんも世の中には多い。

これって脳的にはすごく楽なことなんだ。

過去の記憶を振り返って気持ちよくなっている。

その間、脳は働きを止めている。

今に寄り添うのはPCのアップデートに似ている

PCのアップデートに似ている。

利便性を高めるためであったり、新たな脅威に対抗するために、セキュリティアップデートであったり、アプリやOSのアップデートを繰り返すのは、時間も食うし正直面倒だ。

しかし、古いPCであっても、きちんとアップデートをし続けていれば、時代から取り残されずに使い続けることができる。

しかし、頻繁にやってくるアップデートが煩わしいといって、アップデートの更新通知を切ってしまったら?

そのPCは以前と変わらない使い勝手で、安心できるのだが、日進月歩を続けるIT事情からは徐々に乖離していく。

やがては様々な新しい規格やサービスに適合することができないPCとなってしまう。

過去に生きる老人ではなく、今を生きる探求者となれ

人間は楽をしたがる生き物だ。

だから、過去の映像の中で生きていたりしても、それはあんまり責められない。

ただの生命体として考えた場合、生き残り戦略としては余計なことをせず、なるべく省エネでいるのが合っているから。

しかし、前頭葉を発達させた人間としての喜びは、必ずしもそこだけではなくなっている。

人間は実際、眼の前に新たな人参もぶら下げられている。

逆に頭を使うことで快感が得られるようになったんだ。

”わかる”という体験は、人間にとって快感に感じるようになっているようなんだ。

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過去に生きるのは生き物としての喜びを与えられているだけで、人間としての喜びは逆に頭を使うことによって得られるんだ。

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