決めつけが自分を苦しめる

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マインドフルネス

「働かないで、家で寝てばかりいて、ご飯だけはしっかり三食食べて、何も世の中にお返ししていない。

これってヤバイんじゃないか。」

なんて不安に陥ったりするということは、これは

”健康的な大の大人であれば、何かしら生産的活動を行っているべき”

という定義を自分の中で持ち、それを自分自身に当てはめて罰してしまっているから苦しむ。

あらゆる概念は幻想であり、別の言い方をすれば”嘘”である。

寝ている間に見ていた夢のようなもの、いや、夢と同じものなのだ。

夢から覚めたら、先程まで夢の当事者として、現実のように感じていたのに、スパッと切り替えられるではないか。

この世のあらゆる概念、考え方も同じだ。

人間は、その嘘、虚構を現実のものとして信じる、もしくは信じるという認識もなく、現実にあるものとして認めることで、自分の世界を作っていく。

”親は大切にしなければいけない”

”人は殺してはいけない”

というのも同じだ。ていうか、あらゆる考え方にあてはまる。

人間社会が上手く回っていくためには、こういうルールみたいなものを設けたほうがいいからそうしているだけで、もともとこの宇宙上に、そんな定義は存在しない。

このブログは、反社会的な考え方を助長するものではないが、本来嘘であるものを、間違いない真実と押し付けられると苦しむ人も出てくる。

まだ世の中の洗脳に毒されてない、ピュアな心を持った子供は、大人に対して素朴な質問を投げかけるではないか。

「何で人を殺してはいけないの?」

とね。

子供はわかっているのだ。大人たちが言って聞かせることに、なんら根拠はないと。

そこを直感で見抜いているんだ。

そして、質問を受けた大人たちは、だいたい答えに窮する。

うまく答えられなかった場合は、「そういうものなの!」「殺しちゃいけないの!」

なんて言い方をしたり、しまいには

「なんでわからないの?」

「なんでダメかわからなかったら、君はやばいよ?」

と、子供を責め始める。

子供はピュアだから、”そっか、、、そういう考えを抱く僕はヤバイのか。”なんて自分を責めるようになってしまったりする。

こうして見事に大人社会による人間の洗脳、飼いならしが成り立っていくんだ。

子供はピュアだから、大人にありのままの疑問を投げかけてしまうが、本来は真実の話は社会の中では話してはいけない。

変なやつだと思われるし、社会的に殺されてしまうからだ。

古くはイエス・キリストだって、シナゴーグで祈ったり、教えを説いていたじゃないか。

結局は世の中的に目を付けられ、十字架にかけられて処刑されてしまった。

真実の話は、実社会で言わず、ネット上に匿名で書くべきだ。

聖者が現れてから2000年以上経つが、人類の精神性はまだその頃から発展していないから。

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