なぜ人は強制させられると反発心を抱くのか【深く根に持つ】

上から押さえつける 人間関係

例え強制的に従わせたとしても

人は時々、自分の意見を押し通そうとしたい時に、強制的に相手を自分のやり方、考え方に従わせようとしてしまう。

議論の余地を挟むことなく、もしくは相手が何か言ってきたとしても、その相手の意見に真っ向からダメ出しし、もしくは議論の余地なしとして、議論を成熟させることなく、最後にはさも決定事項のように自分の主張を一方的に言い渡したりする。

特に迫力があったり、怖かったりすると、そんな独断で決まっていったりすることは普段からよく見られる光景なのではないかと思う。

しかし、例え強行的に出ることで状況を思い通りにすることができたとしても、従わされている側の人間の心の中は変わらないものだ。

そう、無理やり従わせて、表面上同意は得られたとしても、その人の心の中は同意する前となんら変化はない。

むしろ反発心を抱く。

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正しくても、強制させられると反発心を抱く

組織や人間関係のマネージメントにおいて、この手法ばかりを多用すると、後々厄介なことが起きてくる。

無理やり従わされた側の人間は、従わせた人間に対して反発心を抱くようになるからだ。

ないがしろにされた自分の気持ち、考え。

それらの正当性を一時たりとも離さないようになる。

あなたの周りにはいないだろうか?

おとなしく黙ってるけど、自分の気持ちも話さない。

本音で会話してくれない。

そんな子供や、職場の部下が。

彼らの態度に違和感は感じるけど、いつもこう言い聞かせている。

「気のせいだ。きっと大丈夫だ。。。あいつのためを思ってやったんだから。あいつもわかってくれてるさ」

しかし、そうなった場合は、ほとんどは手遅れだと思ったほうが良い。

相手からすれば、自分の話を聞いてくれなかった相手であり、会話の通じない相手であり、決して本心を明かしてはいけない人物と認定されているからだ。

そして、そんな抑圧を感じてきた人間は、反動で自分の勝手で物事を進めたがるようになる。

「自分は間違ってなんかいない。自分は正しい」

抑圧されてきた人間は、そういう思いが内側からこみ上げてきてしまうので、いざという時は自分のやりたいようにやってしまう。

子供であれば、親の静止を振り切り、危うい自分の夢へと突っ走ってしまったりする。

特にそんな心理の子供は、自分は自分で何でもできる有能な人間であることを示したいと思っているので、止めることは難しい。

創業者が自分の息子に会社を継がせるために、半ば強制的に将来を決めてしまった時も、その後に問題を抱えることは少なくない。

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人の心を変えられると思うのは一種の傲慢

では、そんな抑圧をされてきた人物とのコミュニケーションの取り方はどのようにすればいいだろうか。

基本おとなしくても、いざとなった時に強く自分の考えを主張し、結構聞く耳を持たないタイプだ。

やはり、頭ごなしの否定は良くないだろう。

それがトラウマになっているからだ。

さらなる反発となって返ってくるだろう。

まずは、相手の言わんとする事の理解に努めることが肝心だ。

「あなたの言うことはよくわかる」と言えば、相手は少し落ち着くものだ。

そして、何か自分が反対意見を言いたい時は、相手に対する攻撃となるべく受け取られないような言い方の配慮が必要だ。

「私はこう思う」というiメッセージ(アイ・メッセージ)が良いと思う。

私はこう思うけど、あなたがどう思うのかは自由ですよ、ということだ。

相手を意のままに変えることはそもそもできない。

あわよくば、相手に変わって欲しいと願うくらいしかできないのだ。

自分の正しさから、その場は無理やり従わせても、後々に取り返しのつかない人間関係の傷になることがあるから注意したほうが良い。

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