足りないのは感謝

この記事シェアする

マインドフルネス

人生における不幸とは、目覚めのための愛のムチである。

「わたしの子よ、主の訓練を軽んじてはいけない。主に責められるとき、弱り果ててはならない。 主は愛する者を訓練し、受けいれるすべての子を、むち打たれるのである」。
あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである。いったい、父に訓練されない子があるだろうか。

ヘブル人への手紙 第12章

不幸や災難に思える出来事があったとしたら、それは神的な存在が私たちに気づかせようとしているのだ。

私たちは、圧倒的に感謝が足りない。何かをしてもらった時に、やっと「ありがとう」というくらいである。ギブアンドテイクでないと、感謝の気持ちを持つ必要がないと思っている。

また、感謝するためには感謝できるだけの理由が必要だと思っている。

本当は、ただただ、感謝しかないはずなのだ。

この恵み。すでに与えられているもの。この私という実在。私を中心として広がる宇宙。

当たり前だとしているものの凄さに、改めて恐れおののき、ただただ頭を垂れるしかない。

そして神の繁栄を願わずにいられない。

感謝に理由などいらない。ただただ、感謝をすればいいのである。

くだらない思考を働かせず、ひたすら真面目に感謝の念を持ってみよう。

理由がなくても行う。自分から始める。自分が根拠である。

それが真のリーダーシップであり、創造である。

こういった理屈じゃあない。実際に私自身もブログを書く手を止めて、祈りに入らなければならない。

これに気づかないと、とことんまで不幸によって追い詰められる。気づくまで神がムチを与えるのだ。怖いことだと言えるかもしれない。

スポンサーリンク

この記事シェアする

フォローする