神を忘れるということは、視野が狭まっていることを意味する

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マインドフルネス

人間として良好な精神状態を保って生きていくには

神を慕う視点は、人間が良好な精神状態で生きていくためには必要なことだと思う。

もし、ある人にとっては神が存在しないのならば、現実で何が起ころうとも、その現実に埋没するしか無い。

だって、その人には世界が1つしかないわけだから。

逃げ場がない。

楽しい時は良いけれど、辛い時は、その辛さに思いっきり浸るしかない。

学校で虐められていて、その子が学校以外に世界を持たないから、逃げ場がなくなるのと同じだ。

もし、各人が神を思っているのならば、たとえ実社会で辛い出来事に遭っても、心の逃げ場ができる。

それって、心を痛め続けるよりはよっぽどいいとは言えないだろうか。

心だってちゃんとケアする場が必要だ

心も人間の一部だ。

休息をちゃんと与えてないと、無限には頑張ることは出来ない。

信教の自由と言われる。

心の中で何を信じていたとしても、その自由は保証されるというわけだ。

てか、心の中なんて、そんなこと宣言しなくても、誰も邪魔することは出来ないじゃないか?

自分が好きなように、思いたいことを思えばいいんだ。

それを他人に言う必要は全く無い。

それが実社会でうまくやる大人の作法ってやつだ。

それもまた、神の計画の中のことだから、従っておこうじゃないか。

本当の自分の心を打ち明けるのは、クローズドな場所、教会だったり、シナゴーグだったり、はるか昔からそうだったじゃないか。

おおっぴらに言うから叩かれるし、昔は踏み絵を踏まされたんだ。

昔は実際に殺されたし、今では社会的に殺されるかもしれない。

自分の心の中のことは、全員にわかってもらう必要がない。

まずは自分の心を救えって言うんだ。

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別の世界があると、それだけ視野を広く持てる

ともかく、神を慕う視点を持つことで、現実世界だけでなくて、2つの世界にいることができる。

自分の中で2つの世界を見れるということは、それだけ視点が高いということになる。

現実に直面している悩みにも、距離感が出て、少し落ち着くことができるだろう。

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