心が折れそうなときでも、未来へのイメージを決してあきらめない

心が折れそうなとき 生き方

心が折れそうなときでも希望を忘れない

現実が何もかも思い通りに行かなくて、心が折れそうになる時ってあると思う。

今までなんとか持ちこたえていた心が、決壊しそう・・・

人生の無常を感じる時、足の踏ん張りが思わず緩みそうになる。

そんな時って、意識が現実の方に完全に引っ張り込まれてしまっている時だと思う。

どんなに心が折れそうな時でも、希望するイメージを忘れないことが大切だ。

アクションの前には必ず想定するイメージがある

人というのは、頭の中でああしたいこうしたいというイメージを膨らませて、現実に当たっていくもので、スタートは頭の中で創造されたイメージを作ることから始まっている。

スタート時点での現実は、頭の中で作ったゴールのイメージは何も見えないが、人間というのはその脳内の完成図を想像しながら現実にアプローチしていくことができる。

しかし、あまりに期待はずれな現実を突きつけられると、ショックやストレスから脳の想像する力が低下し、目の前の現実しか見えなくなって、当初のゴールイメージが頭からなくなってしまう。

そして現実の方を正しい姿として採用してしまい、頑張ることをやめてしまう。

アスリートは現実よりも脳内イメージを信じる

優れたアスリートというのは、目の前の現実よりも自分が持っているイメージの方を信じる人のことを言うと思う。

オリンピックで金メダルを取る姿を詳細にイメージし、その確定されたかに思えるほどの未来へ向かって、オリンピックの輝きは何も見えない現在において、地道な基礎トレーニング等に取り組むことができるのだ。

そこでどんなに調子が上がらなくても、途中で怪我をしてしまっても、そういった現実に心が奪われず、脳内にある輝かしい未来へ向かってまた立ち上がることができる。

現実にとらわれた瞬間に負け組になる

世の中は現実主義に溢れている。

パレートの法則で、80%の人間は普通の感性の持ち主だとすると、彼らが皆現実主義だとしたら、当然耳にする話題は現実的なことばかりになる。

現実主義を採用する人の意識を崩すことは容易ではない。

目に見えるもの。実在すること。根拠のあること。

世の中的に形になっていて、存在が明らかなもののみを信じるのだから。

そういった人たちは、結果損得で動くようになる。

なるべく損をしないように、なるべく得をするようにと。

しかしながら、外部的なものに自分の行動が縛られるということになるので、主体性がなくなってしまう。

また、目に見えるものだけを信じるということは、それを作った別の誰かに操られてしまうということも意味する。

当人たちが得したと思ってやったことでも、結局は仕掛け人の手のひらで踊らされていると思ったほうが良い。

特に資本主義の世界なので、こういった仕組みになっていることは間違いがない。

つまり、現実にとらわれた瞬間に、あなたは負け組に入ってしまうのだ。

心が折れそうなときでも、描いたイメージの方を見つめ続ける

だから、どんなに現実が当初の思い通りに行かなかったとしても、あなたは希望を捨ててはいけない。

目の前の現実を信じるのか、それともあなたが描いたイメージの方を信じるのか、その二択である。

世の中は現実のみで成り立っているのではない。

現実のみを信じる人間は、自分から何も生み出せない、損得勘定でしか動けない人間だ。

現実はとにかくあなたの夢をあきらめさせようとしてくる。

しかし忘れないで欲しい。

現実に起きていることは、あなたの脳内のイメージと等価であると。

現実の方が勢いを増してあなたに抵抗している場面だとしても、決してめげてはいけない。

あなたが描いたイメージの方を採用すれば、現実は未来に到達するまでの仮の姿ということになる。

今は確かにうまくいっていない。

だけど、将来的にはうまくいくはずだ。

そのように、時折自分で自分を励まして、夢を掲げ続けよう。

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