「型」を持つ大切さ
拠り所を持つというのは何事においても大事になってくる。
感情に左右されないためにも、だ。
私達は、「自由にしていいよ」なんて言われると、かえって所在のなさに居心地が悪くなってしまったりする。
日本人は、昔から「型」を大事にする民族だった。
型とは、ホームポジションであり、拠り所となるものだ。
何か動作をするにしても、終いにはいつも型に戻ってくる。
型を持つから違いが見える
型というホームポジションを持つことで、変化したときの”差”を認識することが可能となる。
DeNAベイスターズの筒香嘉智選手は、高卒ルーキーとして大いに期待されながら、プロ入り後数年はなかなか目が出ないでいた。
彼は多くのコーチやプロ野球OBの助言に耳を傾けていた。
真面目な選手ほど、これは仕方ないことだと思う。
多くの助言を受けることでかえって自分のバッティングを見失ってしまっていた。
もう後がないとなった年に、コーチとこう決めたという。
一つのバッティングを深め、追求していこうと。
どんなアドバイスをされても、なかなか結果が出なかろうとも、我慢強く変えない。
その年から筒香の実力が花開いたのは言うまでもない。
型を持ち、それにしがみつくことで、微細な変化に気づけるようになったというのだ。
あらゆるものが変化している中で、自分自身まで揺らいでいるようであれば、何も把握できないのだ。
自分自身はしっかりと止まっていなければ、何がどのように変化したかを、正確に量り取ることは難しくなる。
感情に左右されないために
さて、感情も絶えず揺れ動くものだ。
感情に左右されがちではないだろうか?
感情を感じる”自分”というものまで揺れ動いていたら、感情の動きに飲まれるのは避けられないだろう。
だから、意識のホームポジションを持てばいい。
私は、ハートを意識するようにしている。
ハートとは、胸の中心であり、みぞおちよりやや上の部分に当たる。
そこを意識すると、心に温かみを感じる場所があるはずだ。
そのほんわかとした感覚を感じながら、常にハートを意識するようにしている。
そこを意識のホームポジションとすれば、たとえ一時的に感情が乱れることがあったとしても、またハートに帰っていけばいい。
帰る場所があるからこそ、感情に振り回されっぱなしの状態を避けることができる。
他の人は、丹田を常に意識する、なんて場合もあるだろう。
私は丹田よりも、ハートの温かみのほうが意識しやすいのでそうしているだけだ。
自分に合ったやり方を採用すれば良い。
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