人生の目的がわからなければどうすべきか【夜と霧】

何のために生きるのか 生き方

私達は何のために生きるのか

人生の目的がわからない。

誰しもがはまる問いである。

現代に生きる人は、その答えのない問いを抱えながら、力なく日々の仕事に揉まれているようだ。

メディアに登場する人々は、夢に向かって邁進する姿を見せ、それがいかにも輝いて見える。

生きる目的を見つけた人を私達は見て、人生には目的があるんだ、自分はまだ見つかっていないんだ、と勘違いしてしまう。

私も散々、自分探しをしてきた口だ。

旅行に行って自分を見つめたり、瞑想したり、心の奥底の願いを書き出すワークをしてみたり。

長年やってきた結果、わかった。

生きる目的なんてないんだと。

あくまで自分にとっては、だけど。

ごく一部、生きる目的を見つける人も確かにいることは認める。

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もともと人生の目的を持って生まれてきたわけではない

もともと、人間は何かのためにこの世に生を受けたわけではない。

他の生物と同じように、ただこの世に生まれ、次の世代へ命のバトンを預け、死んでいくだけだ。

だから、目的があるとすれば、種の命をつなぎ、繁栄させることとなる。

しかしそれはもう、この成熟社会において、さしたる苦労もなく達成できてしまうことなので、目標にはなりえなくなってしまった。

それ以上の、前頭前野内の情報空間で生きている人間にとって満足できる目的というものは、そもそも設定されていない。

だから、何のために生きるのかと問うても、答えはなしなんだ。

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何のために生きるのかがわからなければ切り替えよ

「夜と霧」で有名なビクトール・フランクルが示した一つの考え方がある。

 

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何のために生きるのかと問う必要はない。

人生が自分に何を問うているのか。その問いに答えていけばいい。

正確な文章ではないが、意味合いを受け取って欲しい。

そう、何のために生きるのか、問いを立ててみても見つからなければ、人生が自分に対して何を問うているのかを受け取り、それに答える生き方をすればいいという考え方だ。

あなたは、人生から何を求められているだろうか?

その問いに向き合うのは、もしかしたら勇気のいることかも知れない。

長年目をつぶってきたことかもしれない。

でも、何のために生きるのかを問う旅に、終りが見えなければ、もともと求められている生き方に答えていくのも、より着実で良いのかも知れない。

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生き方
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