遺伝子とは、独自の意図で行動する生き物のようである
私たちは生命によって生かされている。
ゴールデンウイークはサピエンス全史上下巻を読了したのだけれど、その中で印象に残ったことの一つがそれだった。
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生物というのは、遺伝子の乗り物である。
私達一人ひとりの幸福というものは考慮されることはない。
遺伝子にとっての目標とは、より多くの自分の遺伝子がコピーされることであり、それ以上でもそれ以下でもないから。
この地球上で、我々ホモ・サピエンスが食物連鎖の王者に君臨しているが、それは、我々の遺伝子が競争に勝ち抜いてきた結果だ。
私達が狩猟採集民であった時代は、食事内容も栄養価が高く、必要な時に必要なだけ食べ物を得るだけで良かったから労働も今よりキツくなかったとのことだ。
しかし、農業革命が起き、我々が稲やじゃがいも、米を栽培するようになると、きつい労働生活が始まることになる。そして、食事内容の栄養価も下がっていった。
遺伝子の視点で言えば、農業を始めることで、その後の人口増加の要因となり、それだけコピーが増えるということだから、してやったりということだろう。
それによって人類が始終働かされて暮らすことになっても知ったことではない。
また、牛や豚は人間以外の哺乳類では、この地球上で最も栄えた生物だろう。
しかし、その実態はひどいものである。
人類の食料となるべく、生まれた時から小屋で飼われ、自由を奪われて、太らされ、殺される運命にある。
それもまた、牛や豚の遺伝子が、人類と取引をした結果なのだ。
そこに牛や豚の幸せは全く考慮されていない。
乗り物である人間が幸せになる保証がないのなら、自分で掴み取るしか無い
生物は遺伝子の乗り物である。
私たちは、生命に生かされている。
しかしながら、幸福であるという保証は全くもらえない。
私達を産んでくれた立場からすると、知ったことではないのだ。
牛や豚に生まれなかっただけでも幸運だったと思おうか。
しかし、私たち的には、「それじゃあ困る!」と言いたくなるだろう。
もうこうなったら、私達自身で、幸福を掴み取るしか無い。
生命が幸せを与えてくれないんだからね。
いや、正確に言うと、与えれくれるかどうかはわからないってことになるけれども。
この人生は、幸福になれる保証は最初からない。
ただ、それは、何か寄りかかった生き方をしている場合だ。
あなた自身が、心の奥底で欲するものを、はっきりと紙に書いて求めていこう。
あなた自身が、幸福に向けて生きていくと決意するのだ。
そうすれば、過去の賢者はこうも言っている。
求めよ、さらば与えられん
Ask, and it shall be given you.
そう、あなた自身が望むものは、手に入ることもこれはまた真実なのだ。
サピエンス全史の作者の国で生まれ、殺されていった人物が2,000年前に言った言葉だ。
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