他者への貢献心があった方が成功できるが、軸となる願望は選べない

他者への貢献 生き方

他者への貢献心があるほうがより頑張りが利く

人生のミッションは、それが利他的であっても利己的であってもどちらでも良い。

自分の中の軸に沿っているものであれば、どちらだって良いんだ。

ただ、利他的なミッションであったほうが、より大きなことができる。

なぜならば、利他的なミッションの場合だと、自分の限界を超えてまでも努力できるからだ。

利己的だとそうはいかない。

限界を突破するほどの理由とはならないから。

自分の中で限界が来たら休んでしまう。

休んで困るのは自分だけで、他に誰も困る人がいないから。

人間は、社会や他人のためのほうが頑張れるようにできているんだ。

これが、人生のミッションは世のため人のためである方がいいと言われる理由だ。

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あくまでbetterであってmustではない

だから、ミッションは他者への貢献を目指す内容にすべきだ、となってしまうのだが、これが間違いだ。

7つの習慣でも、原則に沿ったミッションにすべきだと書かれていて、原則とは自己犠牲、他者への貢献となるから。

ここで無理して、心にもないミッションを打ち立てると、そのミッションは形骸化し、何の力も持たないものになってしまう。

ミッションはあくまで、自分の中の軸に沿ったものであるべきだからだ。

自分の心の中を深く探って、心の底から欲していること、諦めたくない夢をあぶり出すんだ。

これは簡単には見つからない。

夢や目標らしきものが発見されても、もっと突き詰めて考えてみると、何か自分の中でしっくりこないと感じることがある。

そう言った場合は、心の芯からややズレているんだ。

ちょっとズレているだけで、その道を突き進んでしまったら、全く望んでもいない場所へたどり着いてしまう。

自分の中で、変わることのない軸をあぶり出すことができたら、それが例え利己的な内容であっても、その軸に沿ったミッションを打ち立てないといけない。

金持ちになりたいと真に願うなら、それを目指さなければいけないんだ。

金持ちになりたいと奥底では願っているのに、ボランティア活動に勤しんでも、きっと続かないのではないかと思う。

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願望は与えられるものであり、それにより成功度合いは決まってしまう

願望は英語でDesireと書く。

Desireの語源はラテン語で「父から授かったもの」と言う意味になる。

つまり父とは神である。

願望は、神から授かったものなんだ。

これは成功哲学で有名なジェームス・スキナーが言っていた言葉だ。

どんな願望であれ、心の底から真に望むなら、それは神が与えたものなのだから、それをしっかりとミッションに据えて、生活の軸としなければいけない。

ただ、あなたがどんな願望を与えられるか、それが利他的であるのか、利己的であるのかは、神次第となる。

利他的でなければ、出せる成果が限定的になってしまうのだから、あなたがどんな願望を持って、どれだけの影響力を持てるかというのは、残念ながら神、もしくは運命によって定めれているということだ。

願望は叶えてしまえば満たされる。

まずは今のミッションを叶えることに全力を上げて、達成されれば、また次の願望がきっと与えられるんじゃないかと思う。

利己的な願望が満たされたなら、次は利他的な願望が与えられる可能性がある。

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