あらゆる物事の自由化の中で。それでも人々は自由を選ばない

この記事が気に入っていただけたら シェアして下さると嬉しいです

自由化

情報自体は手を伸ばせばそこにある

この世はノウハウに溢れている。

あらゆる分野の本が発行され、あらゆる内容のウェブページが日々増殖し続けている。

ある分野一つ取ってみて、本を10冊も読めば、大体のその分野についての知識が得られるようになっている。

どの本も、同じことを言っているな、ということにも気付くことだろう。

つまり、知識、ノウハウ自体は溢れていて、手に入れようと思いさえすれば、容易に手に入る世の中になっているということだ。

なのに、私たちは、何か他に真実が隠れているのではないか?という思いを抱き続けてたりはしないか?

答えはもう出ている。

なのに、さらに付け加えて、何かを求めてしまうのだ。

情報が溢れすぎていて、何を信じたら良いのかわからない、という部分もある。

あれこれ時間をかけて調べたけれども、結局何も実行に移すことなく終わってしまうというのはありがちだ。

では、私たちは何を信じるようになっているのだろうか?

情報の取捨選択を誰かに頼っている

私たちは、信頼できる人物を探し求めている。

ブログやYouTubeなどでの発言に共感した人物だ。

または、世間的に実績を残した人物でもあり得るだろう。

そういった、ブランディングができている人物に対して、私たちは引きつけられ、彼らの流す情報を信じるようになる。

その情報は、他でも得られる情報なのに。

その情報を信じるに足る根拠を、共感できる誰かに求めているのだ。

それって結構矛盾している状況じゃないか?

IT革命なんて言って、誰もがあらゆる情報にアクセス可能な時代になっているのに、目の前にある情報の信頼性自体が揺らいでしまって、情報の取捨選択を誰かウェブ上で信頼残高を蓄えている人に任せてしまうなんて。

スポンサーリンク

私達人間の本質は、自由を嫌うのか?

結局、私たちは自分で選びたくないのかもしれない。

人に決めてもらったほうが、楽だ。

自由って、そんなものなのかもしれない。

人間は、自由を嫌う。

自由を得たいなら、自由に生きればいいのに、何かに所属をしていないと極端に不安になる。

会社組織に囲ってもらうことで、毎日仕事は大変だけど、ホッとしている自分もいたりするのだ。

殆どの人は、自分の生き方を自分で決められない。

社会に決めてもう。

自分で決めて、自分で生きていくのは確かに厳しい。

管理されたほうが、考えなくていい分、楽なのだ。

そして、社会や会社に文句を言えるじゃないか。

あなたはどうする?

情報の話から飛躍してしまったが、自由に対する人間の反応の仕方という部分においては共通するものがある。

あなたは、自由の中で自分で選択できる人になるのか?

それとも誰かに従って生きるのか?

スポンサーリンク

この記事が気に入っていただけたら シェアして下さると嬉しいです

フォローお願いします