どうやったら悟れるのか。最適な環境を探し、天才脳を発動させよ

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悟り 天才脳

スピがあふれる時代において

悟りの瞬間について、話したいと思う。

私は、悟りの瞬間というのに、出くわしたことがある。

自分で「俺は悟ってる」というほど滑稽なことはないのだけれど、安心して欲しい。

悟りにも、レベルというのがあって、いつも悟った見方を維持できるのが聖人で、聖人が10としたら私は1だからだ(笑)。

悟りというのが何なのかというのは、感覚として知ったんだけど、それを普段は維持してないので、普通にイライラくよくよして生活している。

私に悟りであろうものが訪れた時

「今悟った!」という瞬間は、ひらめきのような感じだった。

というか、ひらめきと同質のものだ。

ひらめきによって、今までわからなかったことがわかるようになると思うのだが、「私とは何か」がわかるのが悟りなんだと思う。

いつわかったかなんだけど、私の場合、電車に載って外の風景をなんとなく見ていた時だった。

私は、時々癒やしのためだけに、電車に揺られるということを、以前していたことがあったのだ。

私にとって、電車の中がマインドのブロックを外し、フラットな意識でひらめきを待つことができる状態になるんだと思う。

別の言い方をすると、IQが高い状態を維持できるんだと思う。

昔中国では、三上(さんじょう)って言って、トイレと寝床と馬の上にいるのが、文章を考えるのに都合がいいと言われてたらしい。

脳がリラックスできる状態を維持することが悟るためには必要なことだ。

瞑想というのも、そういった脳の状態を作り出すために行われていることだと思う。

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ひらめきと悟り

ひらめく、というのは、認知上のパラダイムシフトが起きたとも言える瞬間だ。

ガツーンと、いきなり見方が変わってしまう。

苫米地英人は、抽象度が上がる、という言い方をしているが、私の感覚では、上がっているのかはわからない。

蜘蛛の巣上の認知がより広がった、という感覚だろうか。

物事を理解する、ということも、認知を広げる作業ということになるので、ひらめきのような大げさな感覚はないけれども、「わかる」状態になるためには、緊張状態よりも、リラックスした状態を維持したほうがいいに決まってる。

左脳のブロックが外れる環境を整える

電車の中にいるときも、三上も、脳はフロー状態といった感じであり、意識の上では何も考えていない。

自意識のバリアが解かれ、スパコンの右脳が働き出すのだ。

悟りを求めている人は、そういったことも参考にすると良いのではないかと思う。

なお、悟って知識を得ても、それを実際にできるように訓練する作業をしないと役に立たない。

悟った瞬間全てが救われる、というわけではない。

私みたいになってしまう。

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